(以下、当サイトによる注釈-1
文中の「二月十九日」は、1946年であり、いわゆるGHQ草案に対するGHQとの折衝の模様が日記として書かれている。
文中の「Scap」は、Supreme Commander for the Allied Powersの略称=連合国最高司令官(SCAP)。
文中の「太字、文字サイズ拡大、アンダーライン、赤字、改行」は、当サイトによる。
(以下、当サイトによる注釈-2:
歴史の評価は別に譲るとして、歴史の評価の材料を提供すべく交渉の事実を事細かく論理的に整理記録していた当時の政治家のもの凄さを如実に表している。
なお、「芦田均」は、九条第2項の冒頭に「前項の目的を達するため」との文言を挿入し、政策判断としての自衛組織を持つこと否定しないとも読める条文に仕上げた衆議院帝国憲法改正案委員会の委員長である。
)
以上、当サイトによる注釈)
国立国会図書館/芦田均「芦田均日記」(1945年〜1946年の憲法改正関連部分)
http://www.ndl.go.jp/constitution/library/06/002_41/002_41tx.html#t003
憲法論議第一日 二月十九日
定例閣議が午前十時十五分に開かれた。蒼ざめた松本烝治先生が発言を求めて、極めて重大な事件が起つたと云ハれた。松本さんは憲法改正案についてScapとの交渉の顛末を詳しく報告したいと前提して大体次の通り話された。
“Scap側でハWhitneyから可成早く松本私案を持参せよと求められた。よつて二月初旬に改正案文と説明書とを送付した。
先週の水曜日(十三日)に外相官邸に於て先方の四名(Whitney,Hussey等)と会見した(吉田外相も同席して)。
其席に於てWhitneyが発言して次の趣旨を述べた。
『日本側の案は全然unacceptableである。依つて別案をScapに於て作製した。この案は聯合国側でもMacArthurも承認した。
尤もこの案を強制するといふには非ず。日本国民が真に要望する案なりと思ふ。
MacArthurは日本天皇を支持するものであつて、この案は天皇反対者から天皇のpersonを護る唯一の方法である。日本の憲法は左翼へ移行するのが良いのである。日本国民が政治意識を得るようになれば此案に到達するに違いない。日本ハこれに依つて初めて国際社会に進出することが出来るであらう』。
以上の発言を聞いた私ハ一応総理に尋ねた後に返事するのを可とすと考へ、深く質問することを敢てしなかつた。然しScap案は日本にも一院制の採用を規定してゐる。これは全く危険であつて、而も欧洲諸国にハ其例はない。よつて自分はアメリカにも上院制は存在してゐるでハないかと尋ねたところ、米国はState代表の意味の上院ハ存在してゐるが、日本にハStateハ無いのであるから一院の方がsimpleで良いでハないかと言つた。
私ハ米国側に対して更に改正憲法案に対する追加説明書を起案した。その要点ハ次の如き趣旨である。
1、米英はDemocratic Constitutionを持つ国であるが、それでも両国の憲法にハ大差がある。それと欧洲列強の憲法ともかなりの相異がある。理由ハ専ら国情を異にするからである。凡そ一国の法制はその国独自の発達によつて成るものである。他国から移入した制度ハ容易に根を張るものでハない。例へば中南米諸国は多くアメリカ憲法に摸してPresidential Democracyを採用したが絶えず武力革命によつて動揺してゐる。そして結果に於てDemocratic institutionに到達し得ない。ドイツのWeimar憲法も亦同様であつて、この条項が実行さるればドイツは純然たるDemocratic Countryになつた筈である。然るに間もなくNazisの専制政治に堕した。これも国情を異にするものが外国の制度を植付けんとして失敗した例である。
2、以上の例によれば、憲法は国民性を基礎とすることに依つてのみ其持久性をもつのである。然らざれば専制政治又ハ暴民政治に化して了ふ。各国法は原則を同じくするも形式と内容は必ずしも同一でハない。それは恰も植物と同様であつて、欧米のバラ樹も日本に移植すれバ間もなく其香を失ふと同じである。
3、松本案ハ極めて簡素であつて、且微温的であるけれども、其内容は略イギリス型の立憲政治を覗つてゐる。これは保守派の無用の反対をさくる為めである。而も実際の適用を見るときは旧憲法に比して革命的な変化といふべきである。Democratic Institutionは憲法々文の決定するものでハはなくて、国民の政治的教育と意慾とによるものである。故に反動をさけよふとならば改革は須く漸進主義によらねバならぬ。
修正案ハ全く以上の趣旨に基くものであつて日本にハ今尚ほ反動思想的底流あるを知るが故にかような形にしたものである。修正を要すべきものあらば具体的に御指示を希望す云々と。
このNoteは二月十八日に使を以てWhitneyに送届けた。
其際Whitneyは使者に向つて、
“松本修正案ハScap案とハ異る。PrincipleとBasic formとがacceptableなりや否や、水曜日(二十日)午前中に返事を求む。
もしacceptableでなけれバ、米国案を発表して輿論に問ふこととする”と。
以上松本氏の報告終ると共に、三土内相、岩田法相ハ総理の意見と同じく“吾々は之を受諾できぬ”と云ひ、松本国務相ハ頗る興奮の体に見受けた。
自分は此時発言して、
若しアメリカ案が発表せられたならば我国の新聞ハ必ずや之に追随して賛成するであらう。
其際に現内閣が責任はとれぬと称して辞職すれバ、米国案を承諾する連中が出てくるに違いない、そして来るべき総選挙の結果にも大影響を与へることハ頗る懸念すべきであると。
松本先生ハ声に応じて賛同し農林大臣も卑見を支持して先方の案ハ形に見る程大懸隔あるものとハ思ハれないから正面から反対する必要ハないとの意見であつた。
安倍文相ハアメリカ案を反駁するにハ内閣の改正案について確信のある処まで固めて置く必要があるのであるが、現在の松本案ハ内閣案として確定したものでハあるまい。内閣案を決定するにハ他の閣僚の意見を発表する機会を与へられたいと述べた。
幣原総理ハ松本案ハ松本案であつて内閣案でハない、然し問題が重大であるから至急MacArthurを訪問して話して置きたいと云ハれた。
私ハ更に発言して大体次のように先方へ申入れてハどうかと云つた。
(a)米国案ハ主義として日本案と大差無し
(b)Basic formの中にハ改正案を実施する上に我憲法と矛盾する点もあり(例へバ貴族院の協賛なくして有効なる憲法を制定すること不可能なり)
今少し研究を要す。これハ四十八時間の期限付回答を求めらるべき性質のものに非ず
(c)政府ハ此点についても政党領袖の意見をも徴して回答することとしたし、そう云つたところ
(c)の点についても松本氏ハ左様に快速にハ運べないし、又自分としてはアメリカ案を基礎とする如き修正を再起稿することハいやだし、出来ないと云つた。
だが形勢がかくなる以上、遅疑すればScap案が洩れるに極つてゐる。政府としてハ何等か早く手をうたねバならぬ。
そこで総理が急速にScapを訪問されることを決定し、問題を如何に取扱ふべきやハ次の閣議で決することに発議して午前の閣議を終つた。
憲法論議第二日 二月廿二日
(当サイトによる注釈:以下省略)